トゥアンの保存トラム『ASVi』(前編・ディーゼルトラム)


 ブリュッセルの南方に位置する都市シャルルロワ(Charleroi)ではトラムが現役ですが、使われている車両は新しいものばかりです。この現役のトラムとは別に、近郊の町でトラムの保存団体ASVi(Association pour la Sauvegarde du Vicinalの略/路線名としてTramway Lobbes Thuinという呼称も)が古い車両を動態保存しています。この動態保存に使われている路線はかつてシャルルロワから続いていた路線網の一部で、廃線になったあとに末端だけが離島あるいは飛び地状に残されたものです。


★トラムとヘビーレール

 この保存トラムが位置するのはシャルルロワの南西、Sambre川のほとりにあるトゥアン(Thuin)という町です。川の北岸にはベルギー鉄道(SNCB)の駅があり、南岸には丘がそびえ、町は川沿いと丘の上の両方にひろがっています。保存トラムの中心になる車庫が位置するのはこの丘の西側のふもとです。

 その車庫に着いたところ、ポイントだけ三線軌条が残っているのがまず目に付きました。これはトラムのメーターゲージと標準軌と思われます。この車庫は廃駅(Thuin Ouest駅)の敷地を利用したもので、この駅を通っていた路線はもともとLobbes駅方向から分岐し南のChimay(シメ・高名なビール『シメイ』の産地)まで延びていた標準軌のヘビーレールでした。つまりトラムの廃線跡とともにヘビーレールの廃線跡もあわせて利用しているというわけです。

 と、のっけから話がややこしくなってきたので路線図を入れます。ヘビーレールはLobbes駅方向から南に分岐する点線の廃線〜ASVi車庫(旧Thuin Ouest駅)〜Biesme sous Thuinを経てChimayへ向かう線形で、トラムはがシャルルロワ〜Lobbes Entrevilleを経てヘビーレールと併走しThuin Ville Basseが終端です。この二つの路線が組み合わせられることで南が上になるY字状の動態保存用路線を形成しています。

※路線図の色分けは訪問時点での運行状況を示したものです。(黒はベルギー鉄道・SNCB)

赤:電車が走る電化区間/緑:元電化区間ながら架線等の未整備で電車が入れない区間/青:標準軌の廃線を利用した非電化区間


 では奥に進んで行きましょう。車庫の前にはこの日運行される電車2両が並べられ出番に備えています。この車庫は博物館を兼ねていて、蒸気・ディーゼル・電気という各動力のトラム用車両や客車・貨車が並ぶほか展示コーナーが設けられトラム好きにはたまらない雰囲気です。また一角には喫茶コーナーがありベルギーらしく(?)ビールも飲めのんびりと良い時間を過ごせます。


 車庫の奥では1916年製の荷物電車(A9963)がレストア中でした。使える部品を極力残し少しずつ修理していくのは大変そうですが、徐々にキレイになっていく様子というのは見るだけでもうれしくなるものです。

 車庫内の車両を全部見ていくとキリがなく、また当サイトは一応「乗り鉄」メインというタテマエなので以下乗った車両の話に移ります。


★ディーゼルトラム

 車庫を見物していたら「ガガガガ…」という派手なエンジン音が聞こえてきたのであわてて車庫の裏(左の画像)にまわったところ小さな気動車すなわちディーゼルトラムのAR86が煙を吐いて走ってきました。

 車庫の表側にあるホーム(右の画像)に停まったら本日の保存運行が始まります。このAR86は1934年製と相当の年代ものですが、左に並ぶ貨車A2354は1899年製という大先輩ですからうかつに古いとは言えません。いずれにしても美しく手入れされピカピカです。

 ベルギーにはかつて標準軌のヘビーレールの他にメーターゲージを標準とする低規格の軌道網が広がり、都市の路面電車と「田舎」を走る非電化メーターゲージの両方を『SNCV(フランス語)/NMBV(オランダ語)』という全国規模の事業体(1991年に解体)が運行していました。この軌道網は残念ながらモータリゼーションに伴い都市のトラム(沿岸に残る「世界最長」のトラム『Kusttram』など)を除いて消えてしまったのですが、ここトゥアンなどいくつかの場所で保存鉄道や観光鉄道として残っています。(非電化保存トラムの例:『TTA』)

 このSNCVの非電化区間で活躍していたのがディーゼルトラムで、単行で走ることはもとより貨車や客車を牽引をすることもあり重宝されていました。保存用に残るこのAR86もやはり単行に牽引にと活躍しています。


 AR86の車内に入ってみましょう。運転台を見るとシフトレバーやペダルが目に入りバスのようですが、ブレーキは丸ハンドルの手動ブレーキと空気ブレーキの両方を右手で扱うので鉄道らしさがあります。左の赤い取っ手のレバーは砂撒きで、中央の2本のレバーのうち左は逆転機で右がシフトレバー(左下からN字状に1→2→N→3→4)、ペダルは左がクラッチ右がアクセルです。座席の左上ににちょっとだけ見えているのが手でカンカン下に押して鳴らす警鈴のレバー。さらにボタンで鳴らす警笛も備えているのでエンジン音とあわせなかなか賑やかに走ります。

 またなぜかブレーキハンドルの奥に切ったパンがたくさん入った袋が置かれていたので首をひねりました。人が食べるようには見えないけどいったい何に使うんだろう?(これは後でわかりました。)

 運転席との間には特に仕切りもない客席を見ると4人掛けボックスシートが6つ、計24人分がシンプルに並んでいます。小さな車体ながら窓が大きく明るいので圧迫感はなく軽快な雰囲気です。


 では車庫を出発し、まずは南東に延びる標準軌の廃線跡を再生した非電化区間へと進んでいきます。軌道敷はこの保存鉄道と遊歩道が併走する形で整備されているので時折散策やサイクリングの人を見かけました。車庫から終端のBiesme sous Thuin(右の画像)までは約3kmあり間には交換設備が2ヵ所設けられています。さすが元がヘビーレールだけに曲線が緩く距離があるので快調に飛ばし大変気持ちよい乗り心地が楽しめました。


 南端からとんぼ帰りで一旦車庫に戻ってそのまま通過し、今度はかつてシャルルロワ方面に続いていた北に向かうトラムの旧線を進んでいきます。上の図の説明でも触れたように訪問時点では架線柱こそあるものの通電されている区間、つまり電車の走れる区間は短く、路線の奥まで足を伸ばすのはこのディーゼルトラムだけでした。トラムの旧線区間は専用軌道と併用軌道が混ざり、狭いガード(画像は後編)をくぐったりSNCBとの併走区間があったりと非常に変化に富んでいます。それこそ模型鉄道のように短い区間で次々と絵になる風景が出てくる密度の濃さに驚くばかりでした。

 右の画像はSNCBと併走しつつSambre川を渡る橋上。ここを過ぎるとトゥアンの隣町Lobbesです。


 Lobbesでは町中を避けるように西側を迂回しつつ北に向かう専用軌道を走ります。町外れで併用軌道になる地点が昔の電停名かつ今もバス停名になっているLobbes Entrevilleで、ここから併用軌道をちょっと走ったところが折り返し地点(左の画像)でした。この併用軌道はこの先も残っているので今後保存運行の延長を期待したいところです。

 ここから車庫に戻るとディーゼルトラムの「試乗コース」1回分が終わることになりますが、最後に運転席に積まれていたパンの種明かしを。これはヤギやニワトリ、ダチョウが飼われているところでの「エサやり停車」(右の画像)のためのものです。そんなのんびりしたアトラクション(?)はディーゼルトラムによく似合っている気がしました。

 というわけで旧ヘビーレール区間と旧トラム区間を股に掛けて快走するディーゼルトラム乗り鉄を終えました。後編は電車に乗った話です。

■後編へ


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